断捨離をやり過ぎて不幸感に苛まれたので、幸福感を取り戻す為に、欲望のままに求めてみる。

断捨離を実践する事により、多大な恩恵を受けしました。

同時に、のめり込んだ事により、不幸な精神状態に陥った事が否めません。

虚無感に苛まれたり、やる気を喪失したり。

幸福感を抱く事が全く出来ずに、いつもどんよりとした気分で過ごしていた時期が長く続きました。

何でそのような精神状態に陥ってしまったのか?

断捨離のせいか?

それとも他に要因が有るのか?

そんな疑問を巡らせてみると、思い当たる大きな要因は、「欲を抑えつけていた」せいかと思います。

何の為に断捨離を始めたのかと思い返してみます。

  • 溜め込んだガラクタの維持管理
  • 次から次へと湧き出る欲望
  • 無駄な見栄
  • 無駄なものに費やされる手間や金銭的な負担

などから解放される事。

解放される事により「自分の大切な時間を取り戻す!」

というような考えからです。

そうすると、おのずと、それまでに抱いていた欲を押さえつける事になるのは当然の成り行きです。

断捨離を実践する事により、望む状況を得る事は出来ました。

しかし、欲を押さえつけるのに慣れて当たり前になってくると、気分が上がるような事が無くなります。

その代わりに不幸感を常時抱える事になりました。

そんな状況を鑑みると、不幸感を拭い去り、幸福感を得るには・・・

「欲しいと思う気持ちに抗う事なく、欲望の赴くままに行動に移す事」かなと思います。

ちょっと前までは、そんな事をすると、元の木阿弥になってしまうのではとの懸念がありました。

また、気持ち的にもとうていそんな気分にはなれませんでした。

しかし、「欲しい物は欲しい、やりたい事はやりたい」、との想いが「健全」や「善」に向かっているのであれば。

最近では、欲望の赴くままに求める事が「健全や善」で、気分が上がるようであれば、それはアリかなと思い、実践しています。

例えば、「世界征服の為に巨万の富を得るのだ!」はダメです。

しかし、「世界平和の為に巨万の富を得るのだ!」であれば実行に移す価値はアリです。

実際に、世界平和なんて大きな考えまでは無理でも、自分に出来る範囲内の小さな善や健全になれる事を求める事によって、1cmでも1mmでも幸福感に近づいていきたいところです。

スポンサーリンク

フォローする