気を抜くと物欲に囚われる事は必然なのだろうか?

物欲が湧きあがる

最近久しぶりに物欲が湧いて、昨日は「石油ストーブが欲しい」なんて事を書きました。

「欲しい」「やっぱ止めとこ」を数日間繰り返しています。

昨夜は最終的に「やっぱ止めとこ」になりました。

しかし目が覚めると「やっぱり欲しい・・・」

本日、唐突に断捨離作業を行いました。 と言っても時間にしてほんの数分。 フリース(部屋着)を1枚だけ捨てました。 いきなり...

アマゾンに入り浸る

昨日からしばらく、アマゾンに入り浸っていました。

久しぶりに見るアマゾンの商品群。

有るわ有るわ、今まで見た事が無い新商品や魅力的な物達が。

お金がいくら有っても足りないと感じさせられます。

見ているとキリがないので、他の事へと気持ちを入れ替えました。

しかし昔は四六時中アマゾンにへばり付いてたっけ。

それを思い出すと、なんと無駄な時間を過ごしていた事かと、改めて考えさせられます。

今持っている物をメンテナンスしてみる

レインボー分解清掃

とりあえず、アマゾンから離れて、今持っている物と向き合う事にしました。

「石油ストーブが欲しい」と思っているが、何故欲しいのか?

本当に必要なのか?

そんな事を自問自答しながら、ストーブのメンテナンスを行いました。

綺麗になったせいか、物欲も収まる

レインボー分解清掃

分解して、ホコリや汚れを拭き上げ、綺麗さっぱりとなりました。

炎の状態は絶好調!

外観もピカピカ!

その状態を見ていると、何だか気持ちが満たされて、新しい石油ストーブに対しての欲も少し収まってきました。

ずっと小汚い状態だったので、知らず知らずのうちに、綺麗で新しい物を欲していたのかもしれない。

そんな事を感じました。

また、手を掛けてやったという事で、愛着も芽生えたかも。

そういう訳で、他の物を買う事に

そんな事があり、新しい石油ストーブへの欲求は収まりました。

という訳で、他の物を買う事にしました。

「え?何を言っているの?」

なんて思われるでしょうね。

ごもっとも。

もう一つの欲しい物

ごはん鍋

もう一個欲しい物が有りました。

それは炊飯鍋です。

去年、大事な土鍋の蓋を割ってしまいました。

その後はボウルを蓋にして使っています。

いつも使っていたボウルが専用蓋みたいにピッタリ嵌りました。

この姿、一発で気に入った。

ごはん鍋

しかし、一部欠けていたりして。

もう何度か落としているので、ダメージを溜めこみ、本体も割れるは間近かなと感じています。

ごはん鍋

「一生もの」とか言って妻を説得する

そんな事があり、割れる前に新しい土鍋を買わなくてはと思っていました。

しかし、つい先日までは、物を買うという作業が面倒くさくてしょうがない。

そんな感じでぜんぜん事が運ばない。

それを今回物欲が湧いた事を利用して、新たな鍋を買う事にしました。

次の炊飯鍋として、昔欲しかった鉄鍋を買います。

「これなら割れる事はないな」

そう思い、妻に鉄鍋を買う事を伝えました。

旦那
土鍋がそろそろヤバイだろうから新しいのを買おうと思って
いいんじゃない、どんなの?
旦那
この鉄鍋、これなら割れないだろうから
え~!?錆びちゃうじゃん!
旦那
イヤイヤイヤ、これなら絶対割れないから一生使えるよ!

「一生使えるよ」

「一生使えるよ」

「一生使えるよ」

「一生もの」について、過去の私の意見についてはこちら↓

「一生もの」という売り文句 「一生もの」という売り文句があります。 一生ものの時計。 一生もののバッグ。 一生ものの●●...

「一生もの」なんて言葉を使った自分にハッとしました。

なんか・・・

また、深い闇に足を突っ込もうとしているのだろうか・・・?

昨日も書きましたが、再度、定期的な断捨離作業は欠かさないようにしなければと感じさせられる自分自身の発言でした。