大切な物が多過ぎるので、まだまだ手放していこう。

今の世の中と言うか、日本人がと言うか。

何事も「過ぎ」ていませんか?

今朝、ラジオで、「30万円の羽毛布団を買おうかどうしようか迷っています」なんて内容のメールが読まれていました。

30万円もするのだから、さぞかし暖かいのでしょうね。

しかし、30万円分も羽毛が必要だろうか?

または、そんな希少価値が必要だろうか?

騙されてない?

私なんか1万円もしない羽毛布団を使っています。

薄い羽毛布団1枚だけじゃ、そりゃ寒いですよ。

でも、その上に毛布1枚追加しただけで、ヌクヌクになります。

充分、余裕で冬を越せます。

30万円の羽毛布団を買おうとしている人の生活を想像してみました。

私から見ると、他の物も「過ぎる」。

高性能過ぎる。

大き過ぎる。

多過ぎる。

高価過ぎる。

で、それらの過ぎる物達に埋もれて生活しているメール主を勝手に想像しては、「物にがんじがらめにされていない?そんなに沢山面倒見切れないよね?大丈夫?」なんて、大きなお世話な感情を抱かされる。

と、否定っぽい雰囲気でここまで書いてきましたが、ガラッと変わって。

創造したり、より良い物を求めてものづくりに励む人達ってスゲーと思います。

何も創り出す事が出来ない私に代わって、素晴らしい物を作りだしてくれる人達に感謝感謝。

そんな凄い人達が作った、凄い物を欲しくなります。

次から次と欲しくなり、次から次と手に入れたくなる。

で、労働して稼いだお金を使って手に入れていく。

苦労して手に入れた物は、とても大切な物となります。

大切な物がどんどん増えていく。

飽くなき欲望により、いつしか、大切な物が多過ぎになってしまう。

大切な物が多いのは、それはそれで気分良いが。

しかし、多過ぎは駄目だよね。

面倒見切れない。

ものには限度っていうものがある。

せいぜい○個で充分じゃない?

○個ってどれぐらいだろうか?

・・・解らない。

大切なモノって必要だろうし、そんなモノを持っていない状況を想像すると、ちょっと寂しく感じる。

反面、そんなモノを持っていないというのは身軽だよね。

そんな事を連想していると、大切な物も必要とあらば手放していかなければと思った。

まだまだ多過ぎるかもしれない。

今朝、ラジオで30万円の羽毛の話を聞いて、何故か、「まだまだ捨てて行かなければ」と思わされた次第です。

スポンサーリンク

フォローする