お金を捨てて、0円で生活する事は可能か?

お金を捨てて、0円で生活する事は可能か?

なんていう事を度々考えます。

不景気が始まる

2006年頃の話になります。

世の中は不景気と言われており、私の周りにも景気が悪い雰囲気が渦巻いておりました。

とは言え、私自信は、それほど景気が悪い実感は有りませんでした。

しかし、2007年になった頃、気付いてみると、自身も、実入りが少なくなってしまいました。

そうなってくると、不安が募り、いかにしてお金を稼ぎだそうかと、必死に考える日々となります。

今持っている物を失う危機感も生じ、一日中お金に心囚われておりました。

捨てるという方法を知る

そんな感じで2008年に入ります。

その頃、部屋に物が溢れていました。

それらをどうすべきか対策を考えている時に、「捨てる!」技術、という本を読みました。

 

新装・増補版 「捨てる!」技術 (宝島社新書)

 

それまでは、何事も溜め込む方向にしか向いていなかったように思えます。

なので「捨てる」なんて言う考えは斬新でした。

増やす事しか考えていなかった

普通は如何にして多くの「モノ」を取り入れるかを考える事かと思います。

「モノ」とは、物質的な物に限らず、仕事、お金、人間関係なども含みます。

「モノ」を多く持ちたいという思いは、大半の誰もが持っている、ごくごく普通の思考で、日頃それほど意識せずに、その考えに沿って行動している事かと思います。

そんな普通の考えに逆行して「捨てる」事を始め出すと、次第に怒りと疑問が湧いてきました。

お金に縛られている事に怒りを生じる

何で家賃払わなくちゃいけないんだ!?

何で保険代払わなくちゃいけないんだ!?

何で税金を払わなくちゃいけないんだ!?

とか。

違った言い方をすると、社会の仕組みの中でしか生きれない、また、そこから抜け出せない自分自信の不自由さに対して、怒りが湧いた次第です。

「社会に足枷をはめられてる!」

そうは言っても、自分がサービスを受けている訳だし、私が支払うお金でご飯を食べている人がおり、逆も然り。

お金が人から人へと移動する事で経済が成り立つわけですから、自分勝手な思いで払わないなんて道理はない。

しかし、お金の存在に対して、考えはエスカレートしていきます。

「なんで、こんな紙切れを手に入れる為に、神経をすり減らし、四苦八苦しなければいけないのだろうか?」

生活していくため、欲しい物を買う為、などの理由が挙げられます。

真っ当な理由だとは思います。

しかし、意識が「増やす」事から「捨てる」方へ向くと、そんな事が疑問に感じだし、強い違和感を覚えた自分が居ました。

お金を捨てたくなる

いったい、このお金って何なんだろうか?

この世から存在を消す事は出来ないものか?

そもそも、こんな物を誰が作ったんだ?

と、思った末に、「お金捨ててしまいたい!!」に行きつきました。

そこで、以前は欲しい欲しいと思っていたお金ですが、一転して、このお金と縁を切る方法を考えだします。

考えるまでも無く、馬鹿な私でも、結論はすぐに見えました。

「そんな事は現代では無理!」

それでも、お金と縁を切って、出来れば、お金の概念が無い社会で生活出来ないものかと、度々考えてしまいます。

人間以外はお金無しで生活している

人間以外の生物社会では、お金無しで生活しているわけですから、出来ない事はありません。

人間でも実行する勇気と強さが有れば可能です。

で、私ですが、その勇気と強さは持ち合わせておりません。

勇気と強さを持ち合わせていないと、いくら考えても、お金と縁を切る事は出来なさそうです。

そんな話しを妻に話すと、「お金こそ信用と自由を得るためのものよ、ウダウダ言ってないで働け!」と言われます。

納得したくないところですが、現代では、そりゃ間違いない。

結論は、お金と仲良くしていきます

という事で、結論としては、お金との付き合いはお断り申し上げたいところですが、お金無しでは、私と妻は生きていけません。

なので、絶縁は無理でも、お金への依存度を出来るだけ減らすべく、付かず離れずの距離で、ベッタリにならないように気を付けて、お付き合い出来ればなと考える次第です。

「お金を捨てて、0円で生活する事は可能か?」に対しての答えは不可能です。

いくら考えたところで無理。

残念。

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