自分の為から人の為へと変化した事で、断捨離の呪縛から解放される。

今年の初夏頃から先月までに、なかなか手放せなかった物達を処分する事が出来ました。 すっかり肩の荷が下りた感じです。 しかし、まだ...

「断捨離の呪縛から解放される」の続きです。

長い期間断捨離を実践してきた事により、何事にも興味が持てなくなっていました。

欲に囚われてしまう事により、キツイ労働を自らに課すという事態を回避したい。

そのように、無駄な欲を封じる(捨てる)事に熱中した結果かと思います。

断捨離が終わった後に感じる虚無感とはまた違った虚しさを抱えていました。

新たな事に興味を持ったところで、

「そんな事をしてどうなる?やっぱり止めておこう」

という思いに行き着いてしまいます。

こんな調子だと先が思いやられるので、何とか原動力になるものを得たいと考えていました。

やりたいと思う事に拒絶反応を起こしてしまう。

ならば「自分の為」ならぬ「人の為」と考えてみたらどうなるのだろうかと思い、しばらく実践してみました。

子供の為に頑張っていたり、高齢の親の介護で頑張っている人達がいます。

そんな人達に見習い、私も身近な親族の為にと考えてみる事にしました。

甥や姪達には元気に育って欲しい。

大変な思いをしている人達には何らかの手助けをしたい。

亡くなっていく人達には義理を欠かさぬように。

自分がこの世を去る際には残った人達に迷惑を掛けないように。

など、身近な親族の事を思い浮かべ、その人達の為に自分は何が出来るだろうかと考えてみました。

さすがにそのような気持ちに対して拒絶反応は起きませんでした。

いつまでもダラダラとしているわけにはいかないという気持ちが芽生えました。

そこから自分自身の行動を改めなくてはとの思いに至ります。

更に、勤労意欲へと続き、また、仕事を通して人と関わる事により、更に成長したいという意欲へと繋がりました。

自分自身の為だと考えると、やる気も起らずただ虚しいだけ。

それが、人の為と考えてみると気力も湧き、結果、巡り巡って自分自身への豊かさに繋がるような気がします。

「人の為」という気持ち。

元々無かったのか、それとも捨ててしまったのか。

今更ながら、人の為という気持ちがきっかけとなり、繰り返し思う事で、心の空いたスペースを埋め、原動力となり、気力も徐々に回復してきました。

無駄な物や考えはこれからも捨てていくつもりですが、人の為にという思いは増やしていきたいところです。