「断捨離は趣味だ!」と、思い切れるようになった。

断捨離は趣味だと言い放ってみた

昔、私の断捨離作業に対して妻からは、「気が触れたのでは?」みたいな目で見られていました。

かなり心配させたかと思います。

そんな妻の心配を払拭させるべく発した言葉が、「断捨離は趣味だから大丈夫!」です。

自分で言っておきながら「断捨離が趣味って・・・おいおい、俺は何を言っている?」みたいな感覚を抱きました。

そんな感覚を抱いた要因を考えてみました。

趣味という言葉に違和感を感じる

当時、「とにかく捨てなければいけない」という使命感に駆られて、じっとしていられませんでした。

四六時中、断捨離の事を考え実践していました。

当時を思い返すと、使命感に駆られていたと言うよりも、強迫神経症だったかもしれません。

強迫神経症

自分の意に反して、不安あるいは不快な考えが浮かんできて、抑えようとしても抑えられない(強迫観念)、あるいはそのような考えを打ち消そうとして、無意味な行為を繰り返す(強迫行為)。

引用元 ヤフーヘルスケア

捨てる事は、強迫観念を軽減させる為の強迫行為だったという事です。

ワクワク感や、物を捨てて心がスッキリしたり、達成感も感じていました。

何より断捨離を行っていると、気持ちが落ち着くという事が大きかったです。

「趣味」という言葉からイメージするのは、「楽しくて夢中になれる事」です。

振り返ってみると、楽しさより、自分の不安な気持ちを抑える事に重きを置いていた。

よって、「断捨離は趣味だから!」と言ったところで、実態は趣味と言うには程遠いため違和感が生じたのでしょう。

趣味の意味

改めて、「趣味」という言葉の意味を調べてみました。

趣味

人間が自由時間(生理的必要時間と労働時間を除いた時間、余暇)に、好んで習慣的に繰り返しおこなう行為、事柄やその対象のこと。

引用元 ウィキペディア

なるほど。

やっぱり断捨離は趣味だ!

一時期は仕事もせずに、常に物に心を囚われている状態が続いていました。

もういい加減に断捨離を止めなければと考えさせられる事も度々。

やっとそうした状態から抜け出して、断捨離の事は一旦置いといて、なんとか仕事をやれるようになりました。

仕事をやるようになってからは、自由時間が貴重なものとなります。

その自由時間を使って、たまにですが、また断捨離をやるようになりました。

今の私にとって「断捨離」は、「自由時間に好んで習慣的に繰り返しおこなう行為、事柄やその対象のこと」です。

たまに断捨離をやると、気持ちが落ち着くと言うより、あーだこーだと考えているのが楽しくなります。

「生理的必要時間」と「労働時間」と「自由時間」の均衡が保たれたときに、初めて趣味として楽しめる事柄になったのかと思います。

物を集める事に一生懸命で、それを趣味とする人がいます。

物を減らす事に一生懸命で、それが趣味の人がいたとしても良いのではないでしょうか。

そう考えると現在では、「断捨離は趣味だ!」と違和感を生じる事なく、思い切れるようになりました。