無能&優柔不断な性格の俺が断捨離を続けた結果。

断捨離作業に夢中になっていた頃、捨てるべきか否かで悩んだり、物を減らしたかと思ったら、また増やしたりという事が往々にしてありました。

そんな事を繰り返している自分が嫌になっていました。

「俺は優柔不断だ」

「なんてダメなヤツなんだ」

物が無くなるとスッキリした気分になれるが、逆に、気分が滅入る事もしばしば。

 

 

そんな事を繰り返しながらも、徐々にモノは少なくなり、取捨選択をする機会は減りました。

そのおかげで、自分の事を「ダメ」なんて思うような事も減りました。

そんななか、最近、「必要か否か?」「捨てなくちゃいけない?」と悩まされる事が発生してしまいました。

先日、その想いを当ブログに書きました。

しかし、またウダウダしだした自分への、嫌悪感と恥ずかしさにより、すぐに削除しました。

 

 

そんな自分に比べて、迷い無く、「物なんて必要ない!」

なんて言い切る人には敬服します。

物に関する事だけではありませ。

何事に対しても、しっかりと、信念、価値観、持論があり、ハッキリと言い切る人には憧れの念を抱きます。

私も、自分の意見をしっかり持ち、いかなる時でもブレない精神を持ちたい。

とか言いながら、一方では、そんな思考で大丈夫か?

なんて事も思ってしまいます。

なびいたり、反発したり。

そんな事を繰り返してしまいます。

 

 

そんな優柔不断な自分の性格ってどうにかならないものか?

それでいて、更に、飽きっぽいという性質も持ち合わせております。

小学生の頃、私の飽きっぽい性格を、親父に大激怒された事は忘れられません。

あっちこっちに手を出しては、なかなか1つの事に決められない。

と言うより、次から次へと目が行ってしまう。

結果、何も身に付かない。

この性格は生まれ持ってのものでしょうから、死ぬまで治らないのでしょうね。

 

 

と、昔の事件が蘇り、うなだれつつ、反省の意により、当記事を書き出したのですが、途中である事に気付きました。

それは、「優柔不断な自分をしばらく忘れていた」という事にです。

昔は散々悩まされてきましたが、断捨離のおかげか、悩む機会がスッカリ減っています。

もう、要る要らない、欲しい捨てたい、どっちにすれば良い?なんて、考える必要が無い状態になっていた。

無駄な欲や、取捨選択の機会が無くなった事で、優柔不断な自分から距離を置く事が出来ていた。

という訳で、優柔不断な自分をしばらく忘れていました。

 

 

そんな中、先日、優柔不断な自分を蘇えさせるような出来事により、猛烈な恥ずかしさと嫌悪感が際立ったのでしょう。

また、断捨離作業をしてきたおかげか、優柔不断な性格の自分との係りが、疎遠になれていたという事が伺えました。

 

 

いつの間にか、自分の嫌な部分と、決別出来ていた。

とは言え、それは表面だけで、自分の本質は変わっていないのでしょうが。

なので、たまにムクムクと顔を出してきやがる。

しかし、本質が露呈してしまうような場面を努めて減らし、露呈させてしまうような状況を発生させないように、気を付けて上手くやっていけば、その分、「俺はダメだ」なんて自己否定する気持も少なくなりますよね。

そんな事に気付くと、「断捨離はこれからも続けていかなければ」と、改めて、断捨離に対して、確固たる思いが強くなりました。

形はどうあれ、そんな事を繰り返し、いつの日か、優柔不断な性格や、自己否定する自分と、完全に決別出来たら嬉しい限りです。

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