「政治と宗教の話はタブー」という思い込みをぶっ壊して捨てる!

政治と宗教の話はタブーという同調圧力

昔、「政治と宗教の話はタブー」なんて言葉を聞く機会や雰囲気が蔓延していた記憶があります。

私の中にも「政治と宗教の話はタブー」という強い認識が根付きました。

かと言って、そもそもそんな話には興味が無いし解らないので「タブー!」と言われたところで反発はありませんでした。

また、余計な摩擦を生まないためにもそれは間違いないと思い納得もしていました。

無邪気に話すお客さんに影響されて政治に関心が向いた

もう13~14年ぐらい前の話になります。

とあるお客さんと一緒に仕事をする事になりました。

お客さん=コジマさん(仮名)とします。

出会った当時のコジマさんの年齢は70歳。

一緒に仕事をすると言うか、私は高齢のコジマさんの介助役 & お抱え運転手と言う感じの立場で5~6年間ほどコジマさんにお供し営業活動をサポートしました。

 

 

そのコジマさんですが、車で移動中に無邪気に政治の話をしてくるんですよ。

私の中の「政治と宗教の話はタブー」との強い思い込みにより「なんていうヤバイ話題を振ってくるのかこの人は!?」

なんて感じて困ったものです。

そんな経験は初めての事。

 

 

コジマさんは○○大学出身で同校出身の元首相はお友達で、コジマさんのお父さんは○○秘書という出自。

もちろん○○○○○クラブの会員。

若い頃には大企業系列会社の社長を務めたり、どこかの国に行ったときには国賓として迎えられた事があったりと、所謂上級国民の人。

いま考えると、そのような環境が日常だったので躊躇なく政治の話が出来たのかもしれません。

支配者層のなかで政治の話は普通の事なのですかね?

とにかく下衆の私に政治の話を延々に繰り広げてくる。

コジマさんの話を理解出来ず、ただ頷くだけという辛い状況がしばらく続きました。

そんな訳でコジマさんの話に合わせるべく、嫌々政治の勉強を始める事に。

政治を知れば知るほど絶望させられる

30代半ばにしてようやく政治を理解しようと努力を始めました。

しかし!

少しずつ解ってくるとそれなりに楽しくなり、知れば知るほど霧も晴れてくる。

更には、疑問や不可解にさせられる事柄も目に付くようになり、それについて知りたいという欲求が大きくなります。

当時、特に興味を抱いていた事柄は「なぜこんなにも景気が悪くなっているのか?」

私自信は景気が良く、コジマさんのおかげで更に景気が良くなったのですが、いずれ自分も不景気の渦の中に飲み込まれるだろうという恐怖心が芽生えていました。

そんな事にならないように対策を講じなければ!

その為には現在の社会システムの成り立ちを一から学んで理解しなければならない。

そんな事を考えさせられ、いつしか政治を探るのに必死になっていました。

が、政治や世の中の成り立ちや仕組みを理解すればするほど落胆させられる事に。

「こんなシステムもう手遅れじゃん!?」

と、もう絶望しか感じられなくなりました。

世の中の真実を知るには裏事情を知らなければならない

コジマさんに触発されて政治の勉強を始めてから、更に当時はお金が欲しいとの思いが強く、お金を稼ぐにはユダヤに倣えという事で、ユダヤ文化についても調べ始めました。

そこで初めて陰謀論というものを知ります。

陰謀論を知ったときのショックはかなりのもの。

例の「世界の富の大部分はほんの一握りの人が所有している」という話。

その一握りの人達の策略や裏事情。

世の中の真実を知りたければこの陰謀論を知る事は欠かせません。

表があれば裏もある。

陰謀論は裏事情を語ったものです。

そんな話を知り「そりゃそうだよね」「しょうがない」「当然の摂理」なんていうふうに自分に言い聞かせ、また、認めたくないという想いから陰謀論に対して懐疑的にもなりました。

しかし今では間違いなく「論」ではなく「事実」との認識で揺るぎないものとなっています。

裏を知ると、政治家が唱える言葉と現実とのギャップの辻褄が合います。

理解出来ずに思考停止した時期がありましたが、裏を知って靄が晴れました。

そんな状況から抜け出せたのは、勇気を持ってタブーを破り事実解明に奔走し情報を発信してくれた人達のおかげ。

今ではユーチューブで垢banされながらも、しぶとく復活して情報を配信して下さる方がおられるので、裏事情について皆さんには既知の事実かと思います。

政治と宗教の話はタブーをぶっ壊す!

当ブログでは物を持たずに身軽に生きていきたいという想いを伝えたいので始めました。

それ以外の話はなるべく書かないように、また、自らの根強いタブーの意識により政治に関する話なんてもってのほか。

「政治と宗教の話はタブー」という思い込みが強いためか、ネットで発言している人に対しては「そんな事を言って大丈夫!?」なんてドキドキさせられています。

そんな自分が発言なんて無理。

何より素人の私が適当な想いや考えを書くべきではないと思っています。

せいぜいこんな形で発信するのが精一杯。

断捨離ブームの裏の顔「足るを知る者は富む」と言う考えの危険性。
タルヲシレ? 妻が、山崎パン祭りのシールを集めて「白いお皿」を貰おうと画策していました。 シールを貼る台紙を仕舞い忘れて、テーブルの上に置きっぱなしにしていた事で発覚。 「もう皿は要らないだろ?足るを知れ!」 そう諭した...

 

 

しかし、つい最近その考え方が変わりました。

変わる切っ掛けとなったのは、れいわ新選組党首の山本太郎氏の演説を聞いてからです。

また、過去動画で彼の議会での様子知ると、彼の本気を感じ、彼の型破りで破壊的な表現力に心を動かされました。

「あ!そんな事言って良いんだ!?考えて良いんだ!?」

堂々とした態度と発言を見聞きしてそんな事を思わされワクワクさせられます。

そこで、名も無き弱者の私でも声を上げて良いのではなかろうか?

いや、声を上げていかなければならない!

なんて事を感じさせられた次第です。

 

 

とは言っても、そこはやはり素人なので解っていない部分が大半かと思います。

そんな事を考えると今までは萎縮するしかありませんでした。

しかし、解らないからといってそこで留まる事無く、自分が考えて正解だと思えば自分の考えを発信していくべき。

その為にも深く根付いた自らの「政治と宗教の話はタブー」なんていう価値観を捨てなくちゃいけない。

そんな価値観はもしかして政治に関心を向けさせたくない勢力が作り上げた同調圧力かも。

むしろ政治と宗教の話は積極的に話しあっていかなければ!

 

 

弱小者が出来る事はたかが知れています。

そう思い黙っていると進展はありません。

少しでも前に進むためにも、自分に何が出来るかを考えて、それを実践していこう。

そんな事を感じています。

 

 

その為にもまずは、まだまだ私の気持ちを縛りつけている「政治と宗教の話はタブー」なんて思い込みをぶっ壊す!

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