物を所有すると消耗させられる事に繋がります。
物が多くなればなるほどその度合いも増します。
その事に気付いたのは物を手放して持たない暮らしを始めてからです。
若い頃は物のメンテナンス作業を楽しんでいました。
壊れたバイクを修理したり、塗装してリメイクしたり、など。
で、復活して綺麗になった姿を見て悦に入る。
その他にもいろいろ所有しては面倒を見ていました。
それはそれで楽しいものでした。
メンテナンス作業に必要な道具を買って揃える事も楽しかった。
そんな時代を経たあとに「持たない暮らし」を目指すようになります。
持たない暮らしを目指し、出来るだけ物を少なくしたいと考えて捨て作業を実践していると、メンテナンスが必要な物も最小限となりました。
最小限にした事によって、物のメンテナンス作業も激減しました。
そのせいか、ちょっとした作業を行ったときに、その作業が非常に億劫に感じました。
例えば自転車のパンク修理。
何度もやっているので、至極簡単な作業ですが、至極面倒に感じました。
そんな事を感じると、物のメンテナンスって、かなり消耗させられる作業だという事に気付きます。
昔は自ら消耗させられる作業を行っていたと言えるかも。
必要でもないのに、沢山の物を持ち、沢山の物のメンテナンス作業に明け暮れた日々。
当時はそれが楽しかったので、それはそれで別に問題は無いでしょう。
しかし、現在の心境としては、昔やっていたようなあんな面倒くさい事は今後二度とやりたくない。
消耗させられる事柄の何者でもないと感じます。
また、消耗させられると感じだしたのは年齢のせいもあるでしょうね。
若い時は楽しめる元気があった。
しかし、年齢を重ねると体力が衰えます。
それに沿って気力のほうも衰退していきます。
使えるエネルギーも小さくなってくる。
よって、物に対してあまり力を注ぐ事が出来なくなった。
自分自身のそんな現状を鑑みると、持たない暮らしは自然の流れに沿った事であり、必然でもありますね。
昔は物が好きで、物を持つ事で幸せを感じたりもしました。
しかし、物を持ち続けたところで、同時に幸せ感を持ち続ける事は出来ませんでした。
それどころか、所有する事でメンテナンスが必要となり、逆に物に消耗させられる事になっていた。
自らメンテナンス作業を行ったり、自分で出来ない場合は業者さんにお願いしたり。
その為に余計に働かなくてはいけない状況となります。
気付かぬうちに自分の大事な時間とお金を消耗させられていた。
それも、物と決別した事でそんな状況からは解放されました。
改めてそんな事を考えると、持たない暮らしを始めといて良かったと感じます。
趣味や趣味の道具を持つ事で豊かな生活を送れる事になるかと思います。
人生を豊かにしてくれる物を持つ事は否定出来ません。
しかし、生きていく為に必要な物でもない限り、いつの間にか「やっかいなお荷物」となりかねません。
それに気付けないし自覚できない。
勿体ないとか思ってしまう。
なので、物を所有する事で「ちょっと疲れた」と感じたり、「時間が足りない」なんていう気持ちが生じたら、物に対して改めて考えるべきタイミングかも。
そんな事を感じたその時点でやっかい物になっているかもしれません。
やっかい物を持っていても何も良い事無いので、持つ事に違和感を抱くようであればどんどん手放していきましょう。