断捨離作業が一段落して
持ち物を見直す事が一段落しました。
部屋からガラクタが無くなり、スッキリした空間で生活出来ています。
時間にも余裕が生まれました。
求めた生活を出来るようにはなったのですが・・・
なんか、日々つまんないんですよね。
ワクワクが無い日々
過去に何度も書いてきた事ですが、欲が無くなったせいで、楽しめるような事を見い出せません。
ワクワクさせられるような事が無くなりました。
平穏で淡々とした日々だけれど、これを幸せだと思って良いのだろうか?
度々そんな疑問が生じます。
何をやりたいか考えてみる
という訳で、楽しくなれる事を模索しています。
何をすれば楽しくなれるのだろうかと考えてみました。
- 田舎の海辺で自給自足的な暮らし
- DIYで家を作る
- キャンピングカーで旅をする
ぱっと思いつくのはこんなところでしょうか。
しかし、どれもお金が掛かるし物が必要。
私の場合は何かをやりたいと考えると、どうしても物が必要になってきます。
物が必要となると、やりたい気持ちにブレーキが掛かり、ワクワクを増大させる事が出来ません。
やっぱり物は必要なのだろうか?
やりたい事を実現するには物が必要だし金が掛かります。
「キャンピングカーで旅が出来たら良いのにな~」
などの考えを膨らませていくと、また物欲の世界に足を踏み入れてしまい、元の木阿弥になりかねない。
なので、そんな想いが浮かんだとしても右から左へと流しています。
物が必要との思いが生じたときには、すぐに打消しの気持ちが湧きあがる状態です。
もう物は持ちたくないし必要も無いとの信念からくる感情かと思います。
物を必要とせずに出来る事はないだろうかと考えてみる
ならば、なるべく物を必要とせずに、やる気とワクワクを感じさせてくれる事柄はないのだろうか?
昔は本屋に行くとワクワクしてたのを思い出して、ためしに図書館へ行ってみました。
気になるタイトルを見つけて数冊読んでみたものの、ぜんぜん面白くない。
本に対してのワクワク感はもう抱けなくなっているようです。
ならば動画ではどうだろうか?
動画を視聴すると楽しかったりもします。
しかし、じっとして動画を見ていると、時間を無駄にしてしまったとの罪悪感が生じる。
その為、なるべく見ないようにしたいという気持ちになりました。
ずっと昔は、仕事が終わって帰宅すると、一日中テレビを点けっぱなしにしながらギターを弾いて過ごしていました。
それで満足していたという訳でもないでしょうが、ギターの練習に一生懸命で、そこにウツウツとした感覚は無かったような気がします。
かといって、またギターを弾く気にもなれない。
「そんな事をしてどうなる?」
そんな気持ちに阻まれる。
ほんと、手の施しようがない。
何事も楽しめず、一生懸命にもなれず、八方塞がりの状態。
断捨離を辞めるしかないのか?
そこで行き着くのは、「楽しみを見いだせないのは、断捨離を実践してきた事による弊害じゃないだろうか?」との思いです。
断捨離について考える事が無くなったとは言いましたが、心にはしっかり断捨離の考えが根付いています。
意識せずとも、日々、断捨離を実践している感覚がある。
ずっと気持ちを抑制している状態と言える。
楽しい気持ちを持てないのが断捨離のせいだと思うのであれば、心に浸透している断捨離の考えから解放させてやらなければ。
とは言え、断捨離を実践してきて得た恩恵は多大だと感じているので、解放するにはかなり惜しい気がします。
そんな想いに阻まれ、何事に対してもブレーキが掛かってしまうようです。
断捨離作業終了後の生活はつまらない日々だけれど、これで良いのか?
そう思い悶々とするしかない。
どっちつかずで、どうすれば良いのか解らない状態です。
そんな事を毎日のように考えている訳ですが、答えが見付けられません。
改善の為の実験的な行動にも移せません。
どうしたものでしょうか。
進展があったら続きを書きます。